情報機械研究所

コンピューターの、スゴイところとオモシロイところ。

感動的!「バイナリートランプ」に秘められた2進数の歴史

(この記事は、筆者が運営するかながわグローバルIT研究所のWebサイトからの転載です。)

 

マニアックすぎ?ジョーカーデザインの秘密

2進数(バイナリーナンバー)でできたトランプの「バイナリートランプ」。その特徴の一つは、ジョーカーにあります。実はこのジョーカーのデザインには、2進数の歴史に関する、「バイナリートランプ」制作者の感動が込められているのです。ちょっとマニアックですが、ジョーカーデザインに秘められた意図を解説します!

 


「バイナリートランプ」の4枚のジョーカー。18世紀の欧州で実際にデザインされたメダリオン(大型メダル)の意匠に着想を得ています。

 

「バイナリートランプ」では、ジョーカーは♠・・♣・の各スートマークそれぞれに1枚、合計4枚が含まれています。

このデザイン、実は、欧州の数学史における2進数の歴史にちなんでいるのです。

 

数学者ライプニッツと2進数

欧州で、2進数について最初に詳しい研究成果を広めたのは、ゴットフリート・ライプニッツ微分積分の発見で有名な、あの数学者です。

微積分の発見の独自性について、あのニュートンから激しく攻撃されたことでも有名ですね。)


微分積分の発明で有名な、数学者ライプニッツ(1646-1716)
(Christoph Bernhard Francke [Public domain], via Wikimedia Commons)

 

わたしたちが学校で習う微積分の表記法は、ライプニッツが発明したものに沿っています。そう考えると、思ったより身近に感じられませんか?
ライプニッツはただの数学者ではなく、哲学や工学など幅広い分野で多くの業績を残した多才の人でした。膨大な手書きノートが残されているのですが、まだその全貌は明らかになっていないといわれています。

幸い、そのライプニッツの手書きノートのうち、2進数に関する部分の画像がありますのでご覧ください。


ライプニッツの手書きノートのうち、2進数研究に関する部分。
(Christoph Bernhard Francke [Public domain], via Wikimedia Commons)

 

2進数の位取りの考え方が書かれていますね!
ちなみに、ライプニッツは中国事情についてもいろいろ調査していたのですが、中国の古典「易経」にある64卦が2進数の考え方に基づいていることを知り、大喜びしました。

ライプニッツ易経についての話もとても面白いのですが、これは別の機会に紹介しようと思います。

 

2進数メダリオンジョーカーデザイン

ライプニッツは2進数を発見して大感激しました。敬虔なキリスト教徒だった彼にとって、「全ての数、つまり万物が0と1から創造できる」ということは、彼にとってはキリスト教的造物主の真理が垣間見えたことだったのです。

「万物が0と1から創造できる」というのは言いすぎでは?!と思う読者もおられるかもしれません。

でも、考えてみてください。コンピュータが社会の隅々まで普及している現代社会では、

  • あなたの住所や氏名
  • 銀行口座の取引履歴
  • SNSの写真やメッセージ、友人関係、学歴
  • 交通系ICカードの利用履歴
  • 旅行サイトでどのホテルを閲覧したか
  • ECサイトで何を買ったのか

など、あなたに関する様々な情報がどこかのコンピュータに格納されていますが、それは具体的には全て2進数で表現されています。まさに、0と1が全てを表現している、0と1で全てが創られているのです。

参考記事:「小鳥の数と2進数」、かながわグローバルIT研究所、2016年5月20日

 ライプニッツは2進数の発見を、ブラウンシュヴァイク公爵ルドルフ・アウグストへの手紙で報告します。その中で彼は、記念コインや記念メダリオン(大型メダル)を発行することでこの発見を記念することを提案しました。

しかし2進数の発見は公爵の心にそんなに響かなかったようで、結局、コインもメダリオンも発行されませんでした。残念!

しかし、ライプニッツが考案したメダリオンのデザインは、その後出版された数学冊子の表紙を飾りました。そのデザインは2つあります。ご覧ください。

まずは、1718年のJohan Bernard Wiedeburgの冊子の表紙に掲載されたバージョンです。


「万物を生み出す力を持った2進数」を表現したメダリオンのデザイン。1718年にJohan Bernard Wiedeburgが出版した冊子の表紙に掲載されました。

 

メダル上部に「OMNIBUS EX NIHILO DUCENDIS SUFFICIT UNUM」と書かれているのにお気づきでしょうか。

そう、「バイナリートランプ」のジョーカーに書かれている不思議な言葉は、ここから来ているのです。

その意味は大雑把に言うと「0と1からすべてが生まれる」。ライプニッツの感動を伝える言葉です。

より詳しく訳すと、「すべては0からうまれる、そのために必要なのはただ1のみ」となります。

 

また、メダリオンの中央には2進数と10進数を対応させた表が描かれています。そして全体デザインは天と地とその間の万物を表すもの。まさに、2進数から世界が生まれる様を表したものです。

2進数の不思議さと楽しさに直に触ってもらうために制作した「バイナリートランプ」。そのジョーカーのデザインは、ライプニッツ発案の18世紀のメダリオンから来ているのでした。

 

メダリオンには2種類あると上で書きました。もう1つのデザインはこちらです。


同じく、「万物を生み出す力を持った2進数」を表現したメダリオンのデザイン。1734年にRudolf August Nolteが出版した冊子の表紙に掲載されました。

ラテン語文がWiedeburg版と違っていますね。全体デザインはまさに天と地を表す感じで、「バイナリートランプ」のデザインにも大きな影響を与えてくれました。

 ちなみに、Nolteの1734年の冊子の表紙はこれです。この冊子には、ライプニッツが2進数の発見をブラウンシュヴァイク公爵に報告した1697年の手紙の全文など、2進数に関するライプニッツの成果が掲載されています。


Rudolf August Nolteの1734年の冊子の表紙。左の図柄はブラウンシュヴァイク公爵ルドルフ・アウグスト、右は2進数メダリオンです。

歴史と数学が好きなわたしとしては、2進数がこんなに大きく取り上げられているだけでもうシビれる感じです!

 

ライプニッツと2進数に関する参考文献:

History of Binary and Other Nondecimal Notation」、Anton Glaser, Tomash Publishers (1971)
ライプニッツ」、酒井潔、清水書院

 

ジョーカーに使われているのは数字?記号?

ところで、ジョーカーのカード左上と右下にある記号にもお気づきでしょうか。

 通常のカードだと、そのカードの2進数が書かれていますが、ジョーカーではこういう記号になっています。


「からっぽ」を意味する数学記号。「空集合」と呼ばれます。ギリシャ文字のΦ(ファイ)とは別物です!

これは「空集合」、つまり「からっぽ」を表す数学記号です。ギリシャ文字のΦ(ファイ)とは別物なのでご注意ください。

2進数はいろんな使い方ができるとても便利なツールなのですが、高等数学の基礎となる「集合論」では、集合を2進数で表すこともできるのです。そういうとき、「空集合」は2進数の0に該当します。

「バイナリートランプ」では、ジョーカーが0を表しているのですが、単なる数字ではなく、空集合でもあることを、このデザインに盛り込んでいるのでした。

 

それでは、どうぞ「バイナリートランプ」と2進数の世界をお楽しみください!

(かながわグローバルIT研究所 森岡剛)